社会問題

2009年3月27日 (金)

全ての小中学校の1階に老人ホームを作ります。

日本テレビの人気番組「太田総理」で、三遊亭楽太郎氏からのマニフェストという設定で、「全ての小中学校の1階に老人ホームを作ります。」という提案がありました。
不足している老人ホーム対策と、世代間交流がその目的です。

私は認知症や身体不自由な高齢者が入所している特別養護老人ホームについては慎重に考えるべきと思いますが、比較的元気な高齢者が入所している経費老人ホームやケアハウスについては、ぜひこのような形で、子供たちと交流する機会の多い施設をつくるべきだと考えます。
今の日本の老人ホームは、まるで姥捨て山のように、人里離れた場所にお年寄りを軟禁状態にしているイメージがあります。施設の職員以外には若い年代の人たちと接する機会が極端に少ないのが入所者の方々の実情です。
これでは、入所中に認知症にもなるでしょう。

番組の中では、「なんでもごちゃごちゃにするのは良くない」、「四六時中子供たちと一緒ではお年寄りが嫌がるのではないか」という反対意見がありました。
しかし、昔はお年よりも子供も一つ屋根の下に住んでいたものです。
いろいろな年代の人たちがごちゃごちゃに生活している場こそが、本来自然な生活空間なのではないかと思います。

この案を実現させるための最大のネックは、学校は文部科学省で老人ホームは厚生労働省の管轄という縦割り行政の構造でしょう。
単純で簡単なことがなかなか決められないの今の行政です。
この際、官庁自体の組織もごちゃごちゃにしたらどうでしょうか。

スピリチュアル・いやさかの会

2009年2月 9日 (月)

京都の事件に見る日本人の心の貧困化

本日、京都のマンションの一室で23歳の女性が殺害されるという事件がありました。
今回の事件で気になることは、そのマンションの多くの住民が10分間程にわたり悲鳴を聞いていた、と報道されていることです。
それだけ長い時間に渡って悲鳴が聞こえたら、誰かがすぐに110番通報をしたり、様子を確認しに行ったりすることが当たり前のことではなかったのか。
もしそうしていれば、被害者の命は助かった可能性がある。
最初の110番通報があったのは、女性が自分の部屋から数メートル離れたところで倒れているのを発見されてから。
隣近所の異変に対して無関心になってしまった日本人の心の問題が浮き彫りにされた事件でした。

いやさかの会>>

2009年1月21日 (水)

オバマ新大統領の就任演説全文

オバマ米新大統領の就任演説がありました。以下が演説内容の全文です。
【毎日jp(毎日新聞)より】

国民の皆さん

私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。

これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期にも語られることもあったが、暗雲がたれ込め、嵐が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、我々国民が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。

それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。わが国は戦争状況にあり、敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲さと無責任さにあるものの、我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。

多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、多くの制度も失敗した。毎日のように、エネルギーの使い方が地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。

これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。

今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。試練は数多く、そして深刻なものだ。短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、争いの代わりに団結を選んだからだ。

この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。それを宣言するためにやって来た。

我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。

我々は今日、何世代もわたって受け継がれてきた我々の高貴な考え方と、我々の天から与えられた才能を、将来に受け継ぐことを再確認するためにも集った。それはすべての人は平等で、自由で、すべての人々が最大限の幸福を享受できるという神の約束でもある。

我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまでの旅は、近道では決してなかったし、安易に流れるものでもなかった。それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。

我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、硬い土地を耕してきた人々だ。

我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。

この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、面倒な決定は後回しにする時代は終わった。今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。

どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。

我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、我々の結びつきを強めなければならない。我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。

太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。彼らは覚えていないのだ。彼らはすでにこの国が成し遂げたことを忘れているのだ。想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、自由な男女に達成できることを忘れているのだ。

皮肉屋が理解できないのは、彼らが寄って立つ地面が動いたということだ。我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。

答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。慈善としてではなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。

我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。建国の父らは、想像もできないような危険に直面しながら、法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。

だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

先人がミサイルや戦車を使うのみならず、信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。

代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさからと、他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、イラク人に国を任せる。そしてアフガンでの平和を取り戻す。古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、さらに地球の温暖化とも戦う。

我々の生き方について言い訳はしないし、それを断固として守る。無実な人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。我々の意思の方が強く、我々の意思を曲げることはできない。我々の方が長く生き、そして打ち負かす。

我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。地球上の津々浦々から来たあらゆる言語と文化で形作られている。内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深くなった。かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。

腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。

貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。そして我々のように比較的豊かな国々は、国外での苦しみに無関心でいたり、影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。世界は既に変革しており、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に、そして感謝の念を持ち、思いをはせる。彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を体現し、自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々がみな共有しなければいけない。

政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、最も暗い時を切り抜けることができる。煙に満ちた階段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、最終的に我々の運命を決定付ける。

我々の挑戦は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、忠誠心や愛国心にかかっている。古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。今求められているのは、こうした真理への回帰だ。新しい責務を果たすべき時代だ。我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。

これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、こうして就任式に集まることができるのか。なぜ約60年前は地方のレストランで差別された父親の息子が、こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。

我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、たき火のそばに寄り添い合った。首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、この言葉をきちんと読むよう求めたのだ。

 「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」。

アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。

将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。

2008年12月29日 (月)

「陰謀論」の暴露番組

フジテレビが、「陰謀論」の暴露番組を流しました。

誰かに命を狙われてしまうのではないかと思われるような大胆発言をしたのは、政治評論家の武田邦彦氏。
http://www.iar.nagoya-u.ac.jp/2003PBF/Takeda.html

武田氏が番組の中で話していた内容がホームページにもありましたので、URLを付けて以下ご紹介します。

「地球温暖化問題はウソ。地球温暖化で脅せば企業も政府も儲かる。」
「南極の氷の量は、今年の11月に2002年以降最大になった。シロクマが溺れている映像は日本人を洗脳するために使われた。」
「エコバックを推奨すると、スーパーは儲かるが、逆に石油の消費量が増える。」
「日本政府のメタボリックの基準はデタラメ。」

http://takedanet.com/2008/11/post_3ee7.html
http://takedanet.com/2008/11/post_3a8b.html

さらに武田氏は、「日本人は真面目であるが故に騙されやすい。マスコミを利用し国民全員に同じ行動を起こさせてお金を出させる、国民総家畜化政策がある。そのお金の行き先は税金の行き先。」と、発言をエスカレート。
しかし、これらの話は、これのまでニューエイジの世界では何度も語られてきた話でした。

2007年の暮れに発売された江本勝氏とデービッド・アイク氏の共著の中に、アイク氏の発言として以下のような話が紹介されています。
これが武田邦彦氏の話の内容と類似しています。
「温暖化の原因は太陽であって二酸化炭素ではないんです。
二酸化炭素が原因であるというでたらめ操作者たちが私たちに信じ込ませようとしているのは、人々を支配し、課税し、自分たちに都合の良いことができるからです。
真実を追究する科学者たちはメディアの主流で取り上げられることはありません。
支配におけるキーワードは“恐怖”です。我々が恐怖を感じる時、エネルギーは衰えます。
我々が何かを恐れれば恐れるほど、自分たちを脅かす他者から守ってくれる存在に従属してしまいます。」



2008年7月 5日 (土)

日本の食糧自給率回復のために必要なこと

自民党の加藤紘一氏のオフィシャルサイトに、このようなコラムがありました。

――食糧自給率って何だろう。実は私は、「食糧自給率とは1、8、15だ」という変なことを考えています。
つまり、とうもろこしを人間がそのまま食べると「1」のとうもろこしエネルギーは「1」として体に吸収されます。しかしそれを豚に食べさすと8分の1のエネルギーしか人間にはきません。
もっとも、おいしい豚肉ってものに変わってるわけです。牛肉の場合には「15」のとうもろこしを食べさして、「1」の肉のカロリーが手にはいるというものです。
言うなれば、穀物の使い方にしてみれば、牛肉は15倍の贅沢、豚肉は8倍の贅沢、にわとりは4倍の贅沢、卵は2倍。値段もその順番で高くなってます。
今、日本の食糧自給率が低いのは、この酪農畜産物、つまりごちそうを大変多く食べるようになったからです。そして、天ぷら、コロッケなどの揚げ物をいっぱい取るようになったからです。
昭和40年の頃、我々は肉はほとんど食べられませんでしたし、それから天ぷらも何度も何度も油を使った焦げ茶色のものでした。日本人の食料が世界中から穀物を買って、贅沢なものになっているんです。
でも基本的自給率、つまり日本ではごはんに味噌汁、納豆、豆腐、さんまの開きにいわしの丸干し、こういうものはしっかりと作っておかなきゃならん。

――日本で自給率を上げればいいじゃないかという声が消費者も含めてあちこちから一斉に出てきていますが、実際にはそう簡単な話ではありません。
もし私たちが、昭和40年頃の質素な食事(ごはん、味噌汁、納豆、豆腐、サンマの開き、月に1回くらいの肉食といった内容)に戻れるのであれば、今でも日本の自給率は74%くらいになります。
その代わり、豚肉も霜降り牛肉も、滅多に見られません。みなさんは、そのような食卓の実現を目指して戦略を考えてほしいと思うでしょうか。


「世の中は複眼思考で考えなければならない」と加藤氏も言われていますが、全くその通りで、とくに食糧自給の問題に関しては全体的な視野で考えなければいけないと思います。

昭和40年代、私は東北の農村に住んでいました。あの当時の野菜は、キュウリも茄子も、今とは比べ物にならないほど甘くておいしいものでした。
今は農家の数も減りましたが、家庭菜園をやって自分で食べる野菜を作る人も当時と比べると激減しました。
そのため今の農家は、年間を通して大量の農産物を、安くスーパーに供給しなければならなくなりました。そういう世の中の要求に応えるために、ハウス栽培や農薬が必要になったのです。
ところが、そのようにして大量生産された今の野菜に含まれているビタミンやミネラルの量は、昔と比べると種類によっては何十分の一にまで減っているといいます。
加藤氏はカロリーの問題だけを指摘されていますが、ビタミンやミネラルを考えると現代日本人は肉から栄養を補給しないと不足するのです。

日本で食糧自給率を上げるためには、日本人の意識が昭和40年代以前まで戻らなければいけないと思います。
小さくてもいいから各自が畑を所有して、自分が食べる野菜ぐらいは自分で収穫するということです。足りない分だけ、農家やスーパーから買う。曲がったキュウリも食べる。
そうすると、大量生産するために農家が農薬を大量使用する必要もなくなりますし、昔のように甘くて美味しいビタミン、ミネラル豊富な野菜が食べられるようになると思います。

バランス栄養学「ヒポクラテス」>



2008年5月29日 (木)

日雇い派遣の現実

本日の朝刊トップに「日雇い派遣」の記事が出ました。

必要な時にだけ必要な人数の労働者を供給する日雇い派遣業は、生産調整を行なう必要がある製造業などにとって非常に便利な業態として発展してきました。

今の日本は、35歳ぐらいを超えると女性よりも男性の方が就職が難しくなります。女性の求人は単純作業の仕事ならば結構ありますが、男性の求人は極端に少なくなるからです。
現行の労働法では基本的に性別や年齢で雇用制限をすることができないことになっていますので、そのような求人に中高年の男性も応募することは可能ですが、実際には採用されません。
そのため、本来は一家の大黒柱であるはずの中年男性が、やむおえず日雇い派遣労働者になっているケースも多いのです。

日雇い派遣労働者になると、1日だけ仕事を紹介してもらって、その後1週間以上仕事が無いというようなケースも少なくありません。
また仕事の内容も深夜労働、危険作業、精神疲労の激しい作業などが少なくありません。常勤社員をこれらの作業に従事させるとすぐに辞められてしまうため、使い勝手の良い日雇い派遣労働者に回ってくるのです。
しかも賃金が低い上に、労災や厚生年金、雇用保険も整備されていません。

グッドウィルグループが摘発されましたが、それ以外の労働者派遣事業者の中にも、労働者を金儲けのための商品としか捉えていない社風を持っている企業があります。
労働条件的に厳しい深夜勤務や肉体労働、遠隔地への派遣などを一度拒否すると、二度と仕事を紹介してもらえなくなる場合もあります。

働く意欲があって派遣会社に登録しているのに、たまにしか仕事を与えられず、社会保障もない。だから家賃も払えないし、将来の希望もない。
このような社会構造がワーキングプアを産み出し、ネットカフェ難民、ホームレス、そして自殺の増加につながっているのです。



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2008年5月23日 (金)

米が買えない!

フィリピンで米の価格が高騰し、貧困層が危機に瀕しています。
よくよく話を聞いてみると、フィリピン国内に米が不足しているわけではなく、価格だけが高騰しているそうです。
その原因は先物取引。お金持ち達のマネーゲームのために、フィリピンの貧しい人々が泣いているのです。
米があるのに食べられない。

私達が暮らしている社会は、お金を持っている人、お金を稼ぐことが上手な人だけを生かそうとするシステムになっています。
食糧はお金持ちが買って、余った食糧は貧しい人々に分け与えられるのではなく廃棄するのが私達の地球社会です。

そのような中で、フードバンクの試みが注目されます。
フードバンクとは、品質に問題がなく、包装が破損しただけの食品や、賞味期限が過ぎて廃棄せざるをえない食品を、企業や小売店から寄付してもらい、貧困者・ホームレス・被災者・高齢者・養護施設などへ届ける活動です。
フードバンクの世界的なネットワークが広がれば良いと思います。

2008年4月22日 (火)

死刑廃止論

日本中の注目を浴びていた事件の被告に、本日、死刑が言い渡されました。
遺族の方々の気持ちを考えると、一刻も早く死刑にして欲しいと声を上げるのもわかります。

しかし、皆様に考えていただきたいことがあります。
人間が人間を裁くということは、非常に難しいことです。

悪は罰せられなければならないと言いますが、赤ん坊の時から極悪人という人はいるでしょうか。
人間の人格形成には、子供の頃から生まれ育った家庭環境や社会環境が大きく影響するものです。
その人の今の人格、精神状態に影響を与えてきた多くの人々がいるわけで、そのような人々や社会が全く咎められることなく、法律上の罪を犯した人のみが社会を代表して刑に服するようなことには矛盾がないでしょうか。

日本の司法では精神科医が心神喪失と認めると減刑されます。しかし、人間が心神喪失ではない状態で殺人を犯すというような事が果たしてありうるのでしょうか。
心の病は、医師でも判断が難しいものです。

死刑を廃止すれば凶悪犯罪が増えるといいますが、死刑のある日本で今、凶悪犯罪が増えているという現実にも目を向けなければなりません。
スピリチュアルカウンセラーの江原啓之氏は、人が衝動的に何かを起こしてしまう場合、憑依が影響していることがあるといいます。
自分が犯してしまった罪の大きさを充分に認識し悔いることのないうちに、刑によって強制的に命を絶たれてしまった人間の魂は、社会への恨みをもったまま未浄化霊になるといいます。
死刑はそのような未浄化霊を増やすだけであり、したがって凶悪犯罪を減らそうとするならば、日本は終身刑を設けて死刑を廃止すべきだと江原氏は主張されています。

生きるということは大変な苦労を伴うことです。人は生きて苦労をすることによって、霊性を向上させていくのです。
犯罪者が生きて反省し、生きて自らの罪をあがなうということも、必要な考え方なのではないでしょうか。



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2008年1月24日 (木)

ノストラダムスを復活させたい人たちの、トンデモ予言

「北京オリンピックは中止される」
今、ネット上でこんな噂が広まっています。

私も、北京オリンピックの開催はうまくいかない可能性があると考えています。
その根拠は、競技場の建設工事の遅れと、中国の環境汚染問題です。

ところが、ネット上で飛び交っているニューエイジ系の噂の中に、「北京オリンピックが中止される理由は、中国の内陸部にて暴動が起こり、軍が治安出動するため」というものがあります。

これは、ジョン・タイターという予言者の発言が元になっていて、日本でこの噂に火がついたのは「2ちゃんねる」のようです。
確かに中国はチベット問題を抱えており当局も警戒を強めているようですが、ジョン・タイター氏は、この問題が発展して近い将来に全面核戦争が勃発し、30億人近くが死ぬというようなことも予言しているようです。

私に言わせれば、このような話は、自分の現状に満足できない人たちが終末的な世の中が来ることを望んで、吹聴し、その話題を楽しんでいる状態、トンデモ予言です。
「ノストラダムスの大予言」が流行したときとよく似ています。

現代アニメの影響か、「2ちゃんねる」に群がる人々には、
善と悪とが徹底的に戦う構図が意識の中にあるようです。

未来とは、今の私たちの意識と無関係のところで、神によって一方的に決められるものではありません。
未来に起こる現象とは、あなたによって創造されるもの。すなわち、人々の集合意識によって創造されるものです。

したがって、全面核戦争が勃発するという考えが多くの人々の集合意識となれば、全面核戦争は集合意識によって創造され、勃発するでしょう。
反対に、平和で楽しい世の中が実現するという考えが多くの人々の集合意識となれば、そのようになるでしょう。

地球自体がガイア、ひとつの生命体です。
今、地球の意識は「アセンション(次元上昇)」にあります。
アセンションのために、核戦争は必要ではありません。
このような地球の意志に逆らって、多くの人々が集合意識によって核戦争を創造するならば、核戦争を起こした政治家や軍隊ではなく、そのようなことを吹聴し、集合意識を発生させた人々に苦難がもたらされることでしょう。

宇宙の法則とは、「繰り返しの循環」であり、「無条件の愛」であり、「歓喜」であります。

ニューエイジ系の活動家の中には、このようなネガティブな情報を吹聴することなく、宇宙の法則に従いポジティブな集合意識を形成すべく活動している人が現在たくさんおります。
その一人が、中山康直さんです。

私共「弥栄の会」の目的とは、
地球の危機や人類の破局を想定して、それを食い止めるために活動しているのではなく、来るべき地球の次元上昇(アセンション)、ミロクの世の到来という世界の流れに、一人でも多くの人々が乗ることができるように促すことを目的としています。

ガイアの意識に共鳴し、地球と共に変化の流れに乗る、ということが、ノアの箱舟に乗船するということなのです。



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2008年1月20日 (日)

本物ではないガソリン税議論

ガソリン税の暫定税率問題で25円を維持すべきとする自民党と、撤廃すべきとする民主党とが対立しておりますが、明確な根拠を示さずに単純に維持、撤廃の両極論で議論しているのはおかしなことです。

まず、人々の自家用車に対しての価値観が、大都市圏と地方とでは180度違うことを理解しなければなりません。
すなわち、地方において自家用車は生活必需品であるのに対して、日常生活に必要な商業施設や医療機関、金融機関、公共施設などあらゆるものがほぼ徒歩圏内にあり、しかも電車やバスがひっきりなしに走っている大都会においての自家用車は贅沢品にすぎないということです。

灯油やガスと同様、生活必需品としての価値を感じている人々にとってみれば、ガソリンに特別な税金が掛けられていることは納得のいかないことかもしれません。
また、エコロジーの観点からガソリンに税金を掛けるのならば、同様の観点で灯油やガスや電気にも同じように税金を掛けなければ矛盾していることになります。

しかし、だからといって、ガソリン税が撤廃されることにより必要な道路整備が行なわれなくなるとしたら、これもまた地方に住む人々にとって問題があるでしょう。

大事なことは、道路予算が現在どのように使われているのかを徹底的に検証し、そのことを議論することなのではないでしょうか。
ある報道番組によると、地元の住民も首をかしげるほどの無駄な道路建設が、全国各地で行なわれているようです。
そのような無駄遣いを無くして行くならば、現在25円のガソリン税を10円程度に引き下げても問題がないように私は感じました。

国家の安定と国民の福祉のため、税金の徴収は絶対に必要なものです。
国会議員の方々には、選挙対策としての人気取りや一部の人々の利権のためではない、国民の幸福のための税金の正しい使い方について、本物の議論を求めたいものです。


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2007年12月18日 (火)

日本初、UFOに関する政府の公式見解

政府は18日、地球外から飛来してきた未確認飛行物体(UFO)について、「存在を確認していない」とする答弁書を閣議決定。
UFOの有無に関する政府の公式見解が文書の形で出されるのは初めて。

町村信孝官房長官は記者会見で、「政府答弁は政府答弁だが、UFOが存在していないとナスカの地上絵など説明できない」と、UFOを肯定する個人的見解を示した。

今年の4月にフランス政府がUFO情報を公開して一大センセーショナルを巻き起こしましたが、UFO問題について、とうとう日本政府によって、否定ではない見解が公的に示されました。

それでは、これまで日本政府がこのUFO問題を、笑い話としてずっと無視し続けていたのかというと、そうでもないようです。

中山康直氏からの情報によると、日本政府にはUFO問題の担当者がおり、シリウスのミッションによって、日本でUFO問題を担当しているある大物政治家と、アメリカのある大物政治家が、最近、内密に会談を行なったのだそうです。

また、中山康直氏自身は、NASAの関連機関からのオファーで、2009年に、宇宙人との会食に招かれているとのこと。

心と霊性の成長を目指す人々の会

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2007年10月 3日 (水)

超高齢化社会への提言 ―高齢者のユートピア建設

2007年08月24日号 メールマガジン掲載記事

今の経済至上主義の社会の中では、いくら真面目に道徳的に生きていたとしても、もし無一文になってしまったら、世間はその人に住むところも食べるものも与えてくれません。
しかし、稲作文化の伝統があった昔の日本では、貧乏になっても、生活共同体内の助け合いによって何とか生きていくことができました。

今はそのような共同体の代替機能として社会福祉制度があるわけですが、制度としての生活保護は非常に事務的であり、「生かさず殺さず」に近いものがあって、昔の共同体のように血の通ったものとは言えません。
しかも現在は保護費抑制のため、70歳以上に加算される「老齢加算」や、18歳までの子供がいる一人親世帯に上乗せされてきた「母子加算」の今年度の廃止など、マイナスの見直しが加速しています。

高齢者の中には、元気な人もたくさんおります。
まだ体力があって働きたいと思っている高齢者もいるのですが、そのほとんどは年齢が障害となって仕事にありつけません。
体力があって働きたくても仕事がなければ収入がありませんから、生活保護に頼らなければいけないわけです。

「生活費を切りつめ、毎日が戦い。夏はクーラーもかけられません!」
生活保護の「老齢加算」の廃止で、憲法二五条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることができなくなったとして、高齢者が集団となって廃止処分の取り消しを求めて提訴しています。
高齢化社会はすでに到来し、「超」高齢化社会へ向かっている日本。生活共同体の崩壊と核家族化によって、高齢者の社会的弱者化が顕著になってきました。

介護事業の不正行為で厚生労働省から新規指定・更新を停止されたコムスンの問題は、かつては公共サービスに依存していた事業分野に民間事業者の参入を促した介護保険制度の問題点を浮き彫りにしました。
国家による社会福祉には限度があります。かといって、民間企業が儲からない社会事業を真面目にやることはないという現実も、これで明らかになったわけです。

誰もがいずれは高齢者になります。
あなたにとっても、他人事ではないのです。
高齢者が生き甲斐をもって生活できる世の中にするためには、どうしたらいいのでしょうか。
国家も民間企業もあてにならないのなら、そのどちらにも属さない、人間の良心に基づいた新しい事業体を作るべきでしょう。

もし自由に使える10億円の資金があったならば、私は、ただちに「高齢者村」の建設を始めます。
どこかに広い土地を確保して、高齢者のためのコミュニティを作ります。
それは老人ホームのように高齢者をひとつの施設の中で軟禁状態にするものではなく、ひとりひとりが個性を生かして文化的に生活できる村。働きたい高齢者には仕事も与えるというものです。
ここでは「自立」と「助け合い」がテーマです。

身体の弱い高齢者には介護を付けますが、老老介護があって良いと思います。介護士として働きたいと思っている村民がいれば、ホームヘルパーの仕事をしていただきます。健康な高齢者が身体の弱い高齢者を支えるのです。

農業経験のある村民がいれば村の中に農場を作ってもいいし、調理師や書道、生け花、ダンスなどの技術を持っている村民がいればカルチャースクールを作ってもいいし、バーのママだった村民がいれば社交場を作ればいい。
もちろんそれは外部から閉ざされた村ではなく、一般の人たちも自由に出入りのできる村にして、村の中で生産できる商品が何かあれば、それを販売して村の運営資金に充てる。
村民会議で何か面白いアイデアが生まれれば、高齢者村を観光地化して村の経済を潤わせる。

人は生き甲斐を失ったときに認知症になるのではないかと思います。
この村は、いくら歳を重ねても生き甲斐を失わずに生きることができるユートピアです。
私には、このアイデアを実行するために必要な不動産開発や高齢者事業の知識があります。
そして東京で生まれた私が家庭の都合で7歳の時に福島の農村部に移住したこと、そして私が宅地開発会社、高齢者介護事業者、経営コンサル会社と特異な組み合わせで職歴を持っていることは偶然ではないように思います。

ただ、なんといっても資金が高いハードルです。
しかし…

― それを夢見ることができるなら、あなたにはそれができる。―
 (ウォルト・ディズニー)

すなわち、人がイメージできるものは、必ず実現できるのです。

私がイメージしているのは、ある意味で高齢者にとってのディズニーランドかもしれません。
たとえ私がやらなくても、誰かがこのような事業を実現してくれると良いと思います。
そのためには、多くの人たちの「集合意識」が必要です。
このようなものを実現させたい、と多くの人が願えば、その集団想念が目に見えない力となり、自然に流れが実現へ向かっていきます。
このメルマガを読んでくださっている1500名の方が念じてくれるだけでもかなり実現に近づくと思います。
皆様、いかがでしょうか。もし私の提案に賛同していただけるならば、何時でも何処でも、私のアイデアを思い出したときに、念じてください。

― たかひろ

弥栄の会

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