「生かされている」とは、具体的にどういう意味ですか?
〔2008.6.17配信メールマガジンから抜粋〕
質問 ―Y様/兵庫県 女性
「生かされている」とは具体的にどういう意味でしょうか?
私の主治医が良くおっしゃいます。「私は信仰はないけれど、なにか大きな存在に生かされてると思う」と。
私は48歳、これといって特技なしの生活保護受給者です。
今の社会では若い人でも職にあぶれています。
いつも思うのは社会的制約によって働き口の無いことです。
体力も流石に微妙に衰え始め、メンタルでは悪意や敵意に非常に弱いです。
回答 ―ほおじろえいいち(科学ジャーナリスト)
「生かされている」主治医の先生のこの言葉は、きっとあなたへのメッセージなのでしょう。
先生が意図的に言ったのか、それとも何気なくいったのか、それはわかりませんが、結果として「生かされている」という言葉があなたに届いたのは、大きな意味がありそうです。そして、その言葉についてここに質問をした。私はそのことに深い意味を感じます。
「生かされている」の反対は「生きている」ですね。それは、自分が一人で生きているということにつながっています。つまり、「個」として生きているということです。
人が救われるのは、自分はひとりで生きているのではないということを容認したときです。
おもしろい話があります。
かのベートーベンは、人から見れば非常に孤独な人生を送っていました。
しかし、彼は音楽で多くの人々とつながっていました。多くの人が彼の音楽に期待していました。そういう時、多くの人々のその思いは、彼に生きる勇気を与え続けていたことでしょう。彼の音楽を愛する人々の思いによって、ベートーベンは生かされていたのです。
自分探しが止まらない若者が世の中に増えていますね。
自分の一番好きなことを仕事にすることが幸せにつながるという考え方が世の中に広がっているせいもあって、自分とはいったい誰なのか、自分の適職はいったい何か、それを探しながらリュックひとつを肩にかけて世界を旅する若者たち。
私はそういう彼らを応援したい気持ちにあふれていますが、一方で彼らのあまりの「自分中心」の生き方に危うさも感じてしまいます。自分を中心においていたら、いくら世界を旅したところで、世界とつながることはありません。いつまでたっても生かされているという感覚を得ることはできないでしょう。
「今の社会では若い人でも職にあぶれています」というのは、社会のニーズと、若者の希望が食い違ってしまったからなのでしょうか。仮にそうだとしても、自分の嫌いな仕事でも、自分に合わないと思う仕事でも、やってみればよい人生経験がつめるはず。そこから人と人とのつながりが生じます。そしてそこから自分とは何かが見えてくるはずだとも思うのです。
世界の風景の中へ飛び込むのではなく、人の中に飛び込む。人間関係の中に入ることこそが、自分探しの最も近道ということもできるのではないでしょうか。
もうひとつ参考になる考え方があるのでご紹介しましょう。それは、過去も未来も存在しないという考え方です(参考図書:『さとりを開くと人生はシンプルで楽になる』エックハルト・トール著 The Power of Nowの邦訳版 徳間書店)。
存在するのは、常に「今」だけということです。仮に過去のことを考えていたとしても、それは今この瞬間に考えているのです。仮に未来のことを心配しているとしても、それは今この瞬間に心配しているに過ぎません。
人間という生き物にとって、認識できるのは常に今この瞬間しかありません。今この瞬間が連続しているわけです。
そして、今この瞬間は、誰にとっても素晴らしいパワーを秘めたものになっています。今この瞬間に、自分に与えられた生命のエネルギーを感じることも可能です。
世界とつながり、人とつながり、生かされていると感じることができるのも、今この瞬間しかありません。過去にとらわれたり、未来のことを心配
すると、せっかく素晴らしい今という瞬間がここにあるのに、それをおおいかくしてしまうことになるのです。
過去も未来も忘れて、今という瞬間を楽しんでみるのもいいものですよ。
悪意や敵意に弱いのは、必ずしもネガティブだからだとは限りません。
もともとネガティブな人は、自分がネガティブだから、悪意や敵意に影響を受けることはないのです。動じることができないということですね。
反対に、自分がすこしポジティブだと、悪意や敵意といったネガティブなエネルギーに、自分のポジティブなエネルギーを消されるからつらいのです。
しかし、今ここに生きるこつを覚えると、悪意や敵意を向けられることもなくなると、私は思います。

